最後の夜、君はまだ微笑んでいた
忘れたいのに忘れられない、その笑顔と嘘
GLAY「誘惑」をもとに描く、
再会から始まる切ない物語。
終わった恋なのに、
心がまた揺れてしまう。
過去に戻れないと知りながらも、
夜の街はふたりを試すように
静かに灯りをともす──。
雨上がりの夜、傘をささずに立つ君を見た
金曜の帰り道、
交差点の向こうに君がいた。
傘もささずに、
まるで待っていたみたいに。
見覚えのある仕草。
あの頃の笑顔。
胸の奥に、
封じたはずの感情が
ゆっくりと滲み出してくる。
最後の夜、君はまだ微笑んでいた
信号が青に変わっても、
俺は動けなかった。
向こう側に立つ君が、
確かに俺を見ていたからだ。
髪が少し伸びて、
コートの色が変わっても、
その瞳と笑い方は
昔のままだった。
「久しぶり」
君がそう言ったとき、
胸の奥で何かが
音を立てて崩れた。
俺たちは
二度と会わない約束をして
別れたはずだった。
でも、
その夜の街は
すべてを許すように
静かで、優しかった。
懐かしさと違和感の隙間で
駅前の喫茶店。
変わらず静かで、
相変わらず苦い珈琲。
「元気だった?」
「まぁね」
会話はたどたどしくて、
でも不自然じゃなかった。
君がカップを口に運ぶ仕草すら、
何度も見てきたはずなのに、
どこか遠い。
違う時間を、
違う誰かと
過ごしてきたんだろう。
わかってる。
でも、それでも、
目の前の君に
心が傾いていく。
嘘とわかっていても、惹かれてしまう
「ねぇ」
君がふいに言った。
「このあと、少し歩かない?」
ダメだとわかっていた。
また傷つくだけだと。
でも俺は、
うなずいていた。
夜風は冷たくて、
けれど君の肩が
近くにあるだけで
暖かかった。
あの頃と同じように、
他愛ない話で笑い合って、
コンビニの明かりに照らされて、
時間が戻った気がした。
だけど、
それが幻だと
わかっていた。
最後の「さよなら」は言葉じゃなかった
終電のアナウンスが響く。
君は小さく息を吐いて、
俺を見た。
「じゃあ、またね」
そう言って、
君は笑った。
あの夜の別れと
同じ笑顔で。
俺は返事をしなかった。
したくなかった。
「また」はないと知ってたから。
そのまま、
君は駅の階段を下りていった。
振り返ることもなく。
後日談/余韻
風の強い日、またあの交差点で
季節が変わって、
冬の風が頬に刺さる日。
また同じ交差点を歩いた。
信号が赤に変わる。
あの夜と同じ風景。
でも君はいない。
あの夜は、
やっぱり最後だったんだ。
それでも──
俺は、
あの笑顔を思い出すたびに、
少しだけ前を向ける気がする。
あとがき
GLAYの「誘惑」は、
どこか「忘れられない関係」や、
「もう戻れないけど、まだ消えない想い」
という空気をまとった曲だと感じています。
今回の小説は、
その曖昧で抗えない情感を
物語に落とし込みました。
一夜限りの再会、
癒えることのない未練、
そして、再びの別れ。
現実にもこんな夜があるのかもしれません。
読んでくれて、ありがとう。

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