島津亜矢『心』が染みる夜──博多で交わした最後の別れ

 

目次

あらすじ

博多の屋台街で、ふたりは偶然再会した。
あの夜の約束も、言えなかった言葉も、
風の中に消えていた。
島津亜矢『心』が流れる夜に交差する、
懐かしさと別れの物語。

焼きラーメンの湯気の奥に、

懐かしい横顔があった。
博多の夜は、
忘れたはずの想いまで照らし出す。

春の夜風が、屋台の暖簾を揺らす。

 

ここ、博多中洲の路地裏で
彼女と再会するなんて思いもしなかった。

「…元気しとったと?」
目が合った瞬間、彼女がそう言った。
笑ったようで、泣きそうな目だった。

「なんとかやってるよ」
うそ。全然、なんともなかった。
彼女がいなくなってから、
うまく息ができなくなったままだった。

俺たちは、焼きラーメンとビールを頼んだ。
沈黙が痛いくらいに続く。
ふと、隣の屋台から
島津亜矢の『心』が流れてきた。

懐かしくて、胸が苦しくなる。

「あのとき、黙って行ってごめんね」
彼女がぽつりとつぶやいた。

「…なんで言ってくれなかったんだよ」
声が震えていた。
問い詰めたいんじゃない。
ただ、理由が知りたかった。

「好きすぎて、逃げたかった」

言葉が、あまりにも正直で、優しかった。

俺たちは、なにひとつ
終わらせられずに別れていたんだ。

「もう…戻れないよね」
彼女は笑った。
左手の薬指には、指輪がなかった。

戻れる気が、少しだけしてしまった。

けど、俺は目をそらした。
そして言った。

「この町、変わらんね」
「うん。だから、好き」

その夜、最後まで名前を呼ぶことはなかった。
風が強くなり、
彼女の髪がふわりと舞った。

その瞬間、すべてが過去になった。

彼女は駅の方へと歩き出し、
俺は逆方向の川沿いを選んだ。

博多の夜は、
静かにふたりを引き離していった。

プロローグ

 

春になると、焼きラーメンの香りが
どこからともなく漂ってくる。

この町は、あの夜のまま止まっている。
ただ、彼女の名前だけが
風にまぎれて、もう思い出せない。

あとがき

 

島津亜矢さんの『心』には、
強さの裏にある弱さや、
未練の奥にある“優しさ”が滲んでいて、
とても静かで、深い余韻を感じます。

この物語は、博多という町の温もりと、
ふたりの「終われなかった恋」を軸に描きました。

読んでくださったあなたの中にも、
いつかの夜風が吹き抜けますように。

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