【あらすじ】
雪が舞う街で偶然出会った元恋人。
あの日、なにも言えずに別れた彼が
「元気だった?」と笑った。
中森明菜『セカンド・ラブ』が描く、
一度終わった恋が胸を締めつける
静かで切ない再会の物語。
【信号待ちの横断歩道、】
信号待ちの横断歩道、
すれ違うだけのつもりだったのに、
その声に心が止まった。
冬の空に、
あの日の言葉がまた降り積もる。
【駅前のロータリー。】
駅前のロータリー。
雪がちらつく夕方、
買い物袋をぶら下げて歩いていたら、
すれ違う人の中に、
彼がいた。
「……元気だった?」
懐かしい声。
すぐに答えられなかった。
その一言だけで、
何年分の記憶が押し寄せたから。

彼と別れて三年が経つ。
互いに傷つけあったわけじゃない。
ただ、同じ未来を選べなかった。
私は地元に戻り、
彼は東京に残った。
それっきり、連絡も取っていなかった。
「ちょっとだけ、話せる?」
駅前のカフェ。
昔一度だけ入ったことのある店だった。
店内には流れるBGM、
中森明菜の『セカンド・ラブ』がかかっていた。
彼は、私の向かいに座ると
コートを脱いで、笑った。
「あのとき、急にいなくなったよね」
「……ごめん。泣くのが嫌で」
「泣いていいって、言いたかったな」
会話はぎこちなく、でも優しかった。
私たちは、昔みたいに笑うこともできた。
だけど、時間は戻らない。
彼の左手には、指輪がなかった。
だけど、それが何を意味するか
聞くことはなかった。
「じゃあ、またね」
そう言って、彼は
駅へ向かう歩道を歩いていった。
私はその背中を見つめた。
「また」なんて言葉に、
何も期待していないのに。
だけど、不思議と涙は出なかった。
あのときの恋は、
あのままでよかったのかもしれない。
『セカンド・ラブ』が、
彼のいない帰り道に静かに響いていた。
【プロローグ】
三月、春の匂いが混じる風のなか。
街角のカフェの前を通りかかったとき、
ふと足が止まった。
ガラス越しに見える席。
あの日、彼と座ったあの場所。
「元気かな」
声には出さずに、
ポケットの中の古いレシートを握りしめた。
そこには、あの日のカフェの明細と、
書きかけの手紙が挟まっていた。
“あのとき、あなたが笑ってくれて
ほんとうにうれしかった”
それだけが、まだ伝えられていない。
【あとがき】
中森明菜さんの『セカンド・ラブ』は、
過去の恋にふと触れてしまったときの
あの静かな痛みを思い出させてくれる曲です。
この物語では「偶然の再会」という形で、
もう触れられない恋が
心の奥でどんなふうに残っているのかを
描いてみました。
誰かの「もう終わった恋」が、
どこかでやさしく息をしているなら。
そんな想いを込めて。
読んでくださって、ありがとうございます。

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