青山新『身勝手な女』が描く別れ—— 忘れられない、最後の春の灯

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【あらすじ】

都会での暮らしに疲れ、
帰郷した男が再会したのは、
何も告げずに消えたかつての恋人。
青山新『身勝手な女』が映す、
春風にほどけたふたりの未練と別れ。


【あの夜と同じ川沿いを歩けば】

あの夜と同じ川沿いを歩けば、
風のにおいまで昔と変わらない。
ただ一つ違うのは、
隣に君がいないことだ。


【春の初め、】

春の初め、
街の雑踏に息が詰まり、
俺はふと思い立って故郷に戻った。

何も変わらない駅前。
錆びた自販機。
猫の寝ていたベンチ。
なのに、ひとつの景色だけが
胸を刺すほど変わっていた。

川沿いの桜並木の下に、
あの女がいた。

五年前、何も言わずに姿を消した
身勝手な女、沙織。

彼女は、俺に気づいても
どこか他人を見るような目をした。

「……久しぶりだな」

ようやく絞り出した声に、
沙織は少しだけ笑った。

「帰ってきてたんだ、珍しいね」
まるで何もなかったように。

俺は怒るでも、責めるでもなく
ただ彼女の横を歩いた。沈黙の中、川の音と、風に舞う花びらだけ


ふたりの間を埋めていた。

あのときの別れは、
俺の中で終わっていなかった。
でも、彼女は違ったんだと思った。

「もう、誰かいるのか?」
気づけばそんなことを訊いていた。

沙織は少し首をかしげて、
遠くを見た。

「うん。たぶん……優しい人」

それは、
もう俺の入る隙はないという
静かな宣告だった。

言葉に詰まり、
俺はただ立ち尽くした。

沙織は振り返らず、
川沿いの道をそのまま歩き続けた。

風が吹いた。
彼女の後ろ姿が
春の光に溶けていった。

俺の中の時間だけが、
また置き去りになったままだった。


【プロローグ】

数年後、転勤先での静かな夜。

桜の開花を知らせるニュースを見て、
ふと、あの日の川沿いを思い出した。

未送信のまま残された、
沙織へのメールがある。

今でも、
「元気にしてますか?」の
五文字すら送れずにいる。


【あとがき】

青山新さんの『身勝手な女』は、
過去の記憶と向き合うときの
「やり場のない感情」が胸に残る曲です。

身勝手に見えた彼女の決断の裏に、
何か理由があったのかもしれない。
そう思わせる歌の余白が好きでした。

この物語が、
誰かの“忘れられない春”と
静かに重なれば嬉しいです。

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