あらすじ
雪が降る小さな町で、
再会を果たしたふたりの心は、
あの冬のまま止まっていた。
木村徹二『雪唄』が描く、
切なさと約束のその先の物語。
三年ぶりの雪は
三年ぶりの雪は、
記憶の中の君と同じ匂いがした。
あのホームに立つ君を見た瞬間、
時間が巻き戻ったようだった。
──俺は、まだ君に何も言えてない。
あの日と同じ、雪の朝だった。
あの日と同じ、雪の朝だった。
小さな駅に降りた瞬間、
懐かしい空気が胸にしみた。
東京での暮らしにも慣れた頃、
ふとしたことでこの町に戻ることになった。
理由なんてどうでもよかった。
──本当は、会いたかっただけだ。
駅前の喫茶店。
中学の頃、放課後によく通った場所。
ドアを開けると、
ふわりとしたバターの匂いと、
時間が止まったような空間が迎えてくれた。
「…信也?」
その声で、世界が止まった。
カウンターにいた女性が、
ゆっくりとこちらを向いた。
「綾…」
変わっていない。
いや、少し大人びた横顔に、
知らない時間を感じた。

「久しぶりだね。三年ぶり、かな」
彼女の笑顔は変わってなかった。
だけど、その目の奥には、
どこか寂しさが潜んでいた。
少し話そうか、と言われて座った席。
あの頃と同じ窓際。
でも、何を話していいのかわからなかった。
「私さ、この町を出るの、やめたんだ」
「…どうして?」
「好きだったんだよ、ここ。
あの日までは、ね」
言葉が喉で止まった。
“あの日”とは、
俺が何も言わずにこの町を出た日だ。
あの冬の朝。
綾に会えなかったふりをして、
本当は、駅のホームから見ていた。
寒そうに、ずっと誰かを待つ君を。
「信也。あのとき、いたでしょ。
ホームの端に。白いマフラー巻いてた」
ドキリとした。
気づかれていたのか。
いや、気づかれていたから、
彼女もずっと、ここにいたのかもしれない。
「なぜ…声をかけなかった?」
「…怖かった。
あのまま君の前に立ったら、
俺、泣きそうで」
彼女は少しだけ、微笑んだ。
「私も泣いてたよ。ずっと」
店を出ると、雪は深くなっていた。
彼女は駅まで歩くという。
「じゃあ、またね」
「また…か。ほんとに?」
「今度はちゃんと手を振ってよ。
──じゃないと、また見送ることになる」
彼女の背中を、今度は追いかけた。
もう、見送るだけの俺じゃいられない。
「綾! ──また、じゃなくて…!」
声が雪に吸い込まれていく。
けれど、彼女は立ち止まり、
振り返り、ゆっくりうなずいた。
「うん、わかった」
その笑顔に、三年前の“続き”が
ようやく始まった気がした。
プロローグ
春の匂いが混じる風の中、
ふと駅のホームに立ってみた。
雪はもうないけれど、
あの日の景色が、すぐに浮かんでくる。
ポケットには、
今も出せずにいる手紙がある。
「またね」じゃなくて、
「ただいま」と言える日まで──。
あとがき
『雪唄』を初めて聴いたとき、
雪景色と一緒に胸に残ったのは、
「言えなかった想い」の温度でした。
小さな町の、何気ない別れ。
でも、それはずっと尾を引いて、
再会の日まで続いていくものだと思います。
読んでくれたあなたの胸にも、
きっと誰かが浮かんだのではないでしょうか。
木村徹二さんの『雪唄』、
ぜひ耳で、そして心で味わってください。
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