氷川きよし『きよしのズンドコ節』がくれた懐かしさ──あの町で、もう一度笑えた日

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氷川きよし【あらすじ】

東京に出て十五年。
夢に破れ、ひとり地元に帰った男の耳に、
氷川きよし『きよしのズンドコ節』が流れた。
かつての仲間、そして初恋の彼女との再会。
賑やかなメロディの中に、忘れていた笑顔があった──。


【駅前の商店街は】

駅前の商店街は、
あの頃とほとんど変わっていなかった。
ただ、俺だけが変わってしまった気がして、
少しだけ足が重たくなる。
スピーカーから流れてきたのは、
氷川きよしの『きよしのズンドコ節』だった。


【俺は十五年ぶりに、】

俺は十五年ぶりに、
地元へ戻ってきた。

東京でやっていけると思ってた。
夢も、根拠も、あったつもりだった。

でも、気がついたら、
貯金も、仲間も、
そして居場所もなくなっていた。


「やっぱり、お前だったか」

声の主は、タカシだった。
中学の同級生で、昔は一緒にバンドを組んでた。

「帰ってきたんなら、
最初にここ寄るのが筋だろ?」

商店街の角にある焼き鳥屋。
俺たちが毎日のようにたむろしていた場所。


焼き台の裏では、
当時のマスターがまだ現役で焼いていた。

「ズンドコ節、かかってるな」

「この曲、いまだに商店街のテーマソングだぜ」

俺は、笑った。
その笑いが、泣きそうな顔を隠してくれた。


酎ハイをおかわりした頃、
タカシがぽつりと口にした。

「…あいつ、まだこの町にいるぞ」

あいつ──美咲。

俺の初恋で、別れた彼女。

東京に出る時、
「待っててくれ」と言えなかった。

勝手に、俺が遠ざかった。


「会いたいって言ってたぞ。
でも、もう結婚してるかもな」

「それでもいい。
会えるなら、会いたい」

その言葉が自然と出た。


翌日、神社の境内で、
俺は彼女と再会した。

変わっていなかった。
いや、変わっていた。
でも、すぐに分かった。

彼女もまた、あの日の続きを
どこかで探していたような顔をしていた。


「氷川きよし、まだ聴いてるんだ?」

「うん。あの曲、元気が出るから。
それに…あんたがよく歌ってたから」

俺たちは顔を見合わせて、
少し笑った。


話すうちにわかった。
彼女は結婚していなかった。
ずっと町で、花屋を続けていた。

「あなたは、変わったね」

「…あの頃より、ちょっとだけ弱くなったかも」

「そう?私は、少しだけ強くなったよ」


駅前の商店街に戻ると、
ちょうど夕方の放送が流れた。

「ズンズンズンズンドコ♪」

やっぱり、これだなと思った。

俺は、またこの町で
やり直せるかもしれない。

彼女と一緒に、笑えるかもしれない。


【 プロローグ】

商店街のラジオから、
今日もあのメロディが流れてくる。

焼き鳥の煙、子どもたちの笑い声、
少し風に揺れる花屋の看板。

あのとき言えなかった「ただいま」を、
やっと言えた気がした。


【6. 作者のあとがき】

『きよしのズンドコ節』は、
元気で明るいだけじゃない。
あの曲には、
「前を向いて生きていこう」
という、まっすぐな情感があると思います。

今回はその“陽気さの裏にある人情”を、
故郷と再会の物語に重ねて描きました。

人生がちょっとしんどい夜に、
ふっと思い出してもらえたらうれしいです。

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