渥美清『男はつらいよ』が語る再会──あの商店街に、忘れられない笑顔があった

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渥美清【あらすじ】

十年ぶりに故郷へ戻った男。
誰にも告げずに消えたあの夏の日、
言えなかった一言が胸を刺す。
渥美清『男はつらいよ』が流れる商店街で、
彼はあの人と、再び向き合うことになる──。


【改札を抜けた瞬間、】

改札を抜けた瞬間、
鼻の奥がツンとした。
線香の香りと、焼きたてのたい焼き。
十年ぶりの町は、変わらずそこにあった。
ただ、俺だけが少しだけ古びてしまった気がした。


【「よう、久しぶりじゃねぇか」】

「よう、久しぶりじゃねぇか」

声をかけてきたのは、
商店街の魚屋、辰っつぁんだった。

「こっち戻ってきたのか?
逃げた女に未練でも?」

そう言って笑う声に、
俺は笑い返せなかった。


かつて、この町で小さな電器店をやっていた。
親父が倒れて店を閉め、
あれから俺は東京で
転職を繰り返し、転がるように生きてきた。

その間、一度もこの町に戻らなかったのは──
「彼女」と再会するのが怖かったからだ。


駅から歩いて10分、
あの店はまだあった。

「みのり花店」──
彼女の名前から取った、
小さな花屋。

のれん越しに見える
あの横顔が、あの日のままだった。


彼女の目がこちらを見た。

「…やっぱり、あなただったのね」

その声に、
十年前の真夏が蘇る。


「勝手に消えてごめん」

「うん、…でも、わかってた」

「え?」

「きっと、あなたはどこかで
“自分には似合わない”って思ってたでしょ。
私と、この町と、穏やかな暮らしが」

図星だった。


「でもね、私、ずっと店やってるよ。
あの時あなたが残した、
あの鉢植えもね」

胸の奥がぐっと熱くなった。

「元気でやってるなら、それでいいよ」
彼女はそう言って、
花に視線を戻した。


俺は何も言えず、
ただ、
ショーケース越しに彼女を見ていた。

商店街に渥美清の『男はつらいよ』が流れ出した。


なんてことない一日が、
人の人生を決めてしまうこともある。

俺は、その証拠だ。


帰り際、彼女がポケットに
何かを滑り込ませた。

あとで見たら、
名刺サイズのメッセージカードだった。

《また花が欲しくなったら、いつでも。》

笑ってしまった。

やっぱり、
この町には敵わない。


【プロローグ】

数年後、
俺は月に一度だけ、
あの町へ通っている。

花は買わない。
でも、必ず店の前で立ち止まる。

中には、変わらず彼女の姿がある。
少し白髪が増えていたけれど、
あの笑顔は変わっていなかった。


【あとがき】

『男はつらいよ』という曲は、
ユーモアの裏に人間くささと、
“どうしようもなさ”を抱えています。

だけどその“どうしようもなさ”に、
人は惹かれ、共感するんだと思います。

この物語は、
戻る場所のある人間の、
少し不器用な再会を描きたくて書きました。

誰かの心に残れば、嬉しいです。

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