長山洋子『じょんから女節』が揺らす切なさ──津軽の風に消えた約束
【あらすじ】
津軽の海に背を向け、女はひとり列車に乗った。
もう戻れない恋。
それでも耳に残るのは、彼が弾いてくれたじょんから節。
長山洋子『じょんから女節』が描く、
過去と未来をつなぐ切なさの物語。
【潮の香りと三味線の音が交差する夜。】
潮の香りと三味線の音が交差する夜。
女は、最後に交わした嘘の言葉を思い出していた。
あの風が、まだ胸を刺す。
【津軽の駅にて】
「……終点まで、お願いします」
女は切符を握りしめていた。
古びた改札口。潮風に揺れるのれん。
津軽の海沿いにある小さな駅は、
誰かを見送るためだけにあるようだった。
列車が来るまでの十五分。
女は、ホームのベンチに腰を下ろす。
その目に映るのは、
かつて彼と並んで見上げた、冬の星空。
あの夜も風が強く、
三味線の音がよく通った。
彼の爪弾く「じょんから節」は、
なぜかやさしく、せつなく響いた。
「津軽の音は、風がつれてくよ」
そう言って、彼は笑った。
それが最後の笑顔だった。
【女の決断】
恋は、望めば望むほど遠くなる。
彼には守るべき家があり、
女には踏み越えてはならぬ線があった。
「忘れたほうが楽だよ」
そう言ったのは自分だった。
けれど今、
心に残っているのは彼の指先の温もりだけ。
あのとき、違う選択をしていたら──
そんなことを考えても、
雪がすべてを覆い隠す。
東北の冬は、情も涙も包み込む。

【再会の幻】
列車のライトが、遠くから近づいてくる。
ホームに音が響きはじめたとき、
ふと風の向こうから、三味線の音が聞こえた気がした。
「……いるわけ、ないよね」
女は自分に言い聞かせて立ち上がる。
しかし、ホームの端には、
あの冬と同じ茶色のコートを着た男が、
こちらに背を向けて立っていた。
列車の音が重なり、
見失ったのは、姿か、それとも幻か。
【旅立ちの夜】
ドアが閉まり、列車が動き出す。
女は窓に額を寄せて、
津軽の夜を静かに見送った。
涙はこぼれなかった。
ただ、あの音だけが、耳の奥に残っていた。
――じょんから、じょんから、心の節。
【プロローグ】
あれから五年。
女は東京の片隅で、
一人きりの小料理屋を営んでいる。
夜の帳が下りたころ、
ふと流れてきたのは、あの曲。
三味線の音が店に染みわたる。
「……風の音に、似てるよね」
ぽつりと呟いたその声に、
返事はない。
でも、確かにあの夜と同じ、
潮の香りが、風とともに届いていた。
【あとがき】
長山洋子さんの『じょんから女節』は、
東北の風土と女の情念がにじむ、
とても強くて切ない一曲です。
三味線の音とともにある女の心情──
誰かを好きになった記憶が、
風とともに今も残っている。
そんな感情を、静かな津軽の風景に重ねて
物語にしました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
どこかでじょんから節が聴こえたら、
この物語を少しだけ思い出してもらえたら嬉しいです。
してもらえたら嬉しいです。

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