松田聖子『赤いスイートピー』が描く切なさ──春の駅で揺れた最後の想い
【あらすじ】
春の終わり、
駅のベンチで別れを選んだふたり。
「行かないで」と言えないまま、
彼は列車に乗った。
松田聖子『赤いスイートピー』が響くなか、
少女の恋は静かに幕を閉じる──
そんな淡く切ない春の物語。
【「好き」と言えなかった。】
「好き」と言えなかった。
スカートの裾が揺れたあの日、
風はあたたかく、でも心は冷たかった。
駅のベンチには、
赤いスイートピーがひと枝残されていた。
【春の午後、】
春の午後、
いつもの駅のベンチに
私は座っていた。
制服のポケットには
しおれかけた赤いスイートピー。
それは、彼がくれたものだった。
***
高校三年の春。
彼は大学進学で東京へ行く。
私は地元に残る。
「ついてきてほしい」
なんて言える関係じゃなかった。
それでも、
最後に会いたいとだけ伝えて、
この駅で待ち合わせた。
「よっ」
改札の向こうから、
彼が笑って手を振る。
昔から、あっけらかんとした人。
「間に合ってよかった」
そう言って、
赤いスイートピーを一本、差し出した。
「なんで、これ?」
「なんとなく、君っぽいから」
軽く笑う声。
でもその声に、
いつもより少しだけ切なさを感じた。
「……東京、楽しみ?」
「正直、不安もあるけどね。
でも行くよ。夢があるから」
私はうなずいた。
応援してるよ、って。
本当は、
「寂しいよ」って言いたかったのに。
***
列車の発車ベルが鳴った。
「じゃあ、行くね」
彼はそう言って立ち上がり、
改札に向かって歩き出した。
私は立てなかった。
声も出なかった。
松田聖子『赤いスイートピー』が描く切なさ

ただ、ポケットの中で
スイートピーを握りしめていた。
彼の背中が遠くなる。
ふいに彼が振り返り、
少しだけ手を振ってくれた。
私は微笑んで、
でも言えなかった。
「行かないで」
その一言が、どうしても。
春風が吹き抜け、
制服のスカートが揺れた。
まるで、私の気持ちまで
さらっていくように。
【プロローグ】
春の陽に包まれた午後。
駅のホームを歩いていたら、
懐かしい旋律が聴こえた。
松田聖子の『赤いスイートピー』。
あの日と同じ風が吹いていた。
ポケットに手を入れると、
小さな押し花が一枚──
色あせた赤い花びら。
「やっぱり、言えなかったな」
私は笑って、
そして歩き出した。
【あとがき】
『赤いスイートピー』は、
春のあたたかさと、
別れの切なさが同時に押し寄せてくる
とても不思議で優しい曲です。
この物語では、
“言えなかった恋心”を
少女の視点で描いてみました。
誰にも言えなかった想いを、
今も胸にそっとしまっている人に、
この物語が少しでも寄り添えたら嬉しいです。

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