石川さゆり『津軽海峡・冬景色』が映す別れ──凍てつくホームに、置き去りにした言葉たち

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石川さゆり【あらすじ】

石川さゆり『津軽海峡・冬景色』が響く真冬の青森駅。
北へ向かう列車に、想いも言葉も乗せられなかったあの夜。
別れと郷愁が胸を焦がす。
いま再び降り立ったその場所で、
彼女は過去と静かに向き合う。


【雪が肩に積もるほどの寒さのなか、】

雪が肩に積もるほどの寒さのなか、
列車を見送ったあの夜から、
私は一度も青森に戻っていなかった。
でも、津軽の風が吹いたとき、
胸の奥が疼いた──忘れたはずの声で。


【「寒いねぇ」】

「寒いねぇ」
誰かが呟いた声が、ホームに溶けていった。
その言葉に返事をする人はいない。
ここにいるのは、私と、この雪だけ。

久しぶりに降り立った青森駅は、
思っていたよりも静かだった。
いや、静かに感じるのは、
私の心がうるさいからかもしれない。

二十年前、このホームで
私は彼を見送った。
見送りながら、本当は
「行かないで」と叫びたかった。

でも、言えなかった。
大人になるって、こういうことだと、
自分に言い聞かせていた。

彼は東京へ、夢を追って行った。
私は津軽に残り、母の商売を手伝った。
一度だけ手紙が来た。
でも、返事は書かなかった。

何度も書いて、破って、
最後には何も残らなかった。

それから時が過ぎ、
駅舎も少し新しくなった。
でも、風の冷たさだけは変わらない。

──津軽の風は、正直だ。
言えなかった言葉も、隠せなかった想いも、
全部、この風が知っている。

駅前の喫茶店でコーヒーを頼んだ。
昔と同じマスターが、変わらぬ手つきで淹れてくれる。

「…あの人、去年亡くなったよ」

唐突に、マスターが言った。
言葉が凍った。
呼吸が止まりかけた。

「東京から帰ってきて、
一週間だけ、この町にいた。
あんたに会いたがってた」

震える指で、カップを持ち上げた。
でも、飲めなかった。

「遅かったか…」
自分の声が、遠く聞こえた。

マスターが小さな封筒を差し出した。
中には、短い手紙が一枚。

《青森は、雪降ってるか。
あのときのままの君に、会いたい。》

泣いてはいけないと思った。
でも、涙は静かに、頬を伝った。

【プロローグ】

春。
津軽の風はまだ冷たかったが、
陽射しはやわらかかった。

彼の眠る場所に、手紙を一通、置いてきた。

“やっと返事が書けました。
……遅くなってごめんね。”


【あとがき】

石川さゆりさんの『津軽海峡・冬景色』は、
日本の冬そのもののような冷たさと、
その奥にある温もりを感じさせる曲です。

この物語は、
言えなかった想い、届かなかった手紙、
そんな“間に合わなかった感情”を描きたくて書きました。

読んでくださったあなたの胸にも、
何か静かな風が吹いたなら嬉しいです。

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