山内惠介【あらすじ】
山内惠介『北の断崖』が語る別れ──あの日、海に背を向けて君を見送った理由山内惠介
北の果て、断崖に立つ小さな町で、
過去に別れた恋人と十年ぶりに再会する。
山内惠介『北の断崖』が映すのは、
忘れたはずの想いと、
別れに込めた本当の意味だった。
【風が、肌を切るほど冷たかった。】
風が、肌を切るほど冷たかった。
それでも彼女は、崖の先に立っていた。
再び会うことなどないと思っていた。
なのに、あの日と同じ場所で、
また君は、そこにいた。
【断崖の上から見下ろす海は、】
断崖の上から見下ろす海は、
どこまでも冷たく、深く、青い。
ここは、俺がこの町を出る前に
最後に君を見送った場所だった。
「…十年ぶり、か」
声に出してみても、実感が湧かない。
ただ、足元の雪と、風のにおいだけが
あの日と何も変わっていないと教えてくれる。
彼女の姿を見たのは、
町のバス停の前だった。
買い物袋を下げて、
商店街の角で立ち止まっていた。
一瞬、目が合った。
それだけだった。
でも、あの一瞬で、
胸の奥の何かが弾けた。
「…変わってないな」
気づけば俺は、
あの断崖の上まで歩いていた。
そして、そこに彼女が立っていた。
「…来ると思った」
彼女は、こちらを見ずに言った。
「よくわかったね」
俺も、海を見たまま返した。
風が吹き抜ける。
二人の間に残った時間を
そっとなぞるように。
「どうして、あのとき…」
彼女の声はかすれていた。
「…言えなかった」
俺は静かに答えた。
「君を連れて行くほど、
自分に自信がなかった」
彼女がうなずいたのが、視界の端に見えた。
「私も、わかってた。
でも、言ってほしかった。
一緒に来いって──」

雪が、彼女の肩に静かに積もった。
「遅すぎたな」
俺の声も、雪の中に吸い込まれた。
「でもね」
彼女が言った。
「今日来てくれて、よかった」
それだけで、救われた気がした。
俺たちは並んで、何も言わずに
しばらく海を見ていた。
波は遠くで砕けていた。
でも、心の中の波はようやく静かになった。
【プロローグ】
数年後、再びその断崖に立った。
風は相変わらず冷たく、
海は深く、何も変わらない。
だけど、心の中には
あの日、彼女と交わした言葉が
今も暖かく残っている。
「また、会えてよかった」
その一言が、すべてだった。
6.【作者のあとがき】
山内惠介さんの『北の断崖』を聴いたとき、
北の海と、そこに立つ男女の姿が
すぐに浮かびました。
ただの別れではなく、
“何かを守るための別れ”。
言葉にできなかった想いが、
年月を越えて届く──
そんな物語を書きたくなりました。
この物語が、
誰かの心の奥にある“あの日”に
そっと寄り添えたら嬉しいです。

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